複雑系といのち 3

 

前回は、クーンによる「科学パラダイム」の定義を紹介したところで終了しました。

ここで「科学パラダイム」についてさらにわかりやすく記述した本が棚に眠っているのを発見。今回のまとめノート、そして以下は主にそちらが元になっています。

 

その本というのは、ポール・デイビスとジョン・グリビンの「<物質>という神話」(松浦俊輔訳1993)。20年以上も前、まだ法律を学んでいた学生時代に読んだもの。ほぼ本棚の飾りと化していたこの本を引っ張り出したのは、”The Systems View of Life”の謝辞にポール・デイビスの名前があったから。

 

この本によるとクーンの言う「パラダイム」とは「思考の枠組み」「概念構造」のこと。そして、科学者はある特定の「パラダイム」の周りに「現実のとらえ方」を構築すると言う。

科学者の観測や実験データは、そうした「思考の枠組み」あるいは「概念構造」を中心に組織され、さらにそこから科学理論が生まれる。

 

この基本的パラダイム(思考の枠組み、概念構造)が変化すると、現実の捉え方ひいては科学理論が変わり、一般社会のあり方も時間をかけて変化していく。

 

17世紀のいわゆる科学革命(theのつく方のScientific Revolution)から20世紀を支配した基本パラダイムは、機械論・唯物論・還元主義にもとづくもの。物理学者のジョゼフ・フォードは、このパラダイムを「古典的な科学の根本神話」と呼ぶ。

 

「神話」というあたりがいいですね。そう「神話」なのです。

 

ちなみに「神話」を辞書で調べると…

しんわ【神話】

  • ① 古くから人々の間に語り継がれている,神を中心とした物語。
  • ② 宇宙人間文化の起源などを超自然的存在の関与の結果として基礎づけ,説明した話。神聖な真実として信じられ,日常生活の規範として機能することもある。
  • ③ 人間の思惟(しい)や行動を非合理的に拘束し,左右する理念や固定観念。「皇軍不敗の―に踊らされる」

−スーパー大辞林、バージョン2.2.1 (194):2005−2016Apple Inc.より−

 

この機械論パラダイムでの基本的な問いは、「それが、何でできているのか?」根源的要素、構成要素が中心概念。計測し、定量化することが主たる関心です。

 

そして、20世紀後半から現在まで移行中なのが、ポスト機械論、システム論、非線形、全体論にもとづくパラダイム。

このパラダイムの中心となる問いは、「どんなパターンが見られるか?」秩序、組織、関係性が中心的概念。(関係性の)マッピングや質が主たる関心。

 

著者らによれば、パラダイムは単なる視点であり、現実の一つの側面でしかない。どちらが正しい、間違っているなどと言うのはなく、状況次第で役立つ程度が異なるだけだと。

 

わたしも、全くその通りだと感じます。機械論的パラダイムが間違っているのでもなく、システム論的パラダイムが正しいのでもない。大切なのは、わたし達の現実と思っているものが、パラダイムによって影響されていることを認識すること。そして状況により使い分けること。願わくは、いいとこ取りができるように。これはHappier Businessの目指すところでもあります。

 

さて、カプラコースのテキストによれば、1962年に出版されたトマス・クーンの「科学革命の構造」は、科学哲学の分野そして社会科学に大きな影響を与えました。

 

どうやって?

「パラダイム」という概念を提唱することで、「科学」において価値観は瑣末なものどころか、その根幹をなし原動力となるものと指摘したから。

 

要するに、17世紀の科学革命で価値観が事実から切り離されて以降の、科学者たちの集団的な思い込みを明らかにしたからです。科学的事実は我々の行為そして価値観からは独立したものという思い込みを。

 

もちろん具体的な研究そのものが、あからさまに価値観に左右されることはないでしょう。ですが、研究の背景にあるパラダイムが価値観から独立していることはあり得ないのです。だからこそ、科学者は研究に対し知的責任のみならず、倫理的責任も負うことになるとカプラとルイジ(2014、p.3)は指摘します。

 

倫理的責任も負う。個人的には、すごく共感しつつ、すごくむずかしいところでもありますね。特に研究の意図とは別に、成果が利用されることもあるし。科学者はどうすればいいのかについて、面白い記事を最近見つけたので、また気が向いたら紹介します。

 

話を元にもどすと…

20世紀後半から大きなパラダイムの転換がゆっくり、確実に起きてきています。この全体論的な視点は、20世紀にはsystemic(システムの、系の)と呼ばれるようになり、こうした視点からの考え方はsystems thinking(システム思考)と呼ばれるようになりました。

 

この転換の根幹にあるのは、「部分」なのか「全体」なのかのせめぎ合い。このせめぎ合い、いまに始まったものではなく、少なくとも西洋の科学と哲学においては歴史を通じて続き、その起源はギリシャ時代に遡ります。

 

  1. 「パラダイムはゆらぐ vol.1」に続く。
複雑系といのち 3

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