複雑系といのち 1

 

”The Systems View of Life” (Capra and Luisi 2014)の大きな目的は、

生命という人類長年の問いを現代科学という切り口で理解し、

ひとつの包括的な概念枠組みを提供すること。

そして、その社会一般への影響を広く考察しようというもの。

 

生命を生物学、認知科学、社会学、生態学という側面からとらえ、

ひとつの概念的枠組みにまとめ、それが哲学、精神性(スピリチュアリティ)、

政治、経済にどんな影響をもたらし得るのかを考察するものです。

 

ひとつの概念枠組みと言っても、専門分野によって別れる生命の解釈を一つにする、なんてことは著者らは意図していません。

ただ「生きた」システムと「そうでない」システムに見られる

決定的な違いをもたらす特徴はなんなのか。

生物から社会組織、生態系にいたるまで、あらゆるレベルの「生きたシステム」(リビング・システム)に共通する本質的な特徴を明らかにすることを意図しています。

 

なぜ、あたらしい統合的な生命の概念を著者達は提案しようとしているのか? 

 

いま地球上に存在しているいのちが、今後も末永く繁栄していくため。

 

環境の汚染、破壊、生物多様性の喪失、紛争、貧富の格差、身近な例で言えばベーコンや乳製品の値段が上がったり、スーパーの魚の産地が近海から地球の裏側になったり。

そうした問題はすべて根っこでつながり、いのちの存続を地球規模でじわじわと脅かしている。

つながった根っこには、一つの世界観あるいはパラダイムが見えてくる。

 

このパラダイムは、現代科学の基盤となる世界観。ざっくりいうと、この宇宙は交換可能なパーツでできている機械のようなものであるという世界観。ニュートン・デカルト的還元主義と唯物論に基づいている。

 

この機械論的世界観が、現在わたし達が直面する様ざまな課題をもたらす事象の根本原因である。

だからこそ、生命を脅かすような世界観を手放し、生命を生かすあたらしい世界観・パラダイムに移行していく必要があるという。

 

2009年から2010年にかけて留学していたスウエーデンの大学院時代に読んだシステム思考関係の論文にも同じようなことが書かれていた。

 

この論文は、修論を書くための資料を探していて偶然見つけたもの。ドネラ・メドウズ(「成長の限界」の主執筆者としても知られる環境科学とシステム科学の専門家でジャーナリスト)が、システムに変革をもたらすための介入ポイント12について論考したもの(Donella Meadows, “Leverage Points: places to intervene in a system”. the Sustainability Institute, 1999)がそれ。

 

(日本語版は簡易版ではありますが、「世界はシステムで動く」第6章に掲載。こっちはまだ読んでないけど。)

 

約10年前のわたしにとって発見だったのは、既存のシステムを本質的に変えるには、パラダイムを転換するのが最も効果的ということ。

要は世界を変えたければ、その世界の前提となっている集団の思い込みを変えればいいということ。

 

当時、修論のテーマが「持続可能な社会をつくるチェンジメーカーを育てる学びのプロセス」だったので、一つの答えが見つかった気がしたに違いない。ただ、それを社会レベルで実現するのは至難の技というくだりは、どこかで認識しつつも都合よく忘れてしまった。

 

ちょうどこの頃に初版が出版されたMITのオットー・シャーマーの「U理論」

この本も、まさにパラダイムの転換の必要性を唱え、さらに集団としてそれを転換させ、そこから望む未来を出現させていくプロセスを紹介していた。(参考記事:「世界を変える12のツボ」)

この本も修論のトーンに大きな影響を与えるくらい夢中で読んだ。

 

The Systems View of Lifeでは、パラダイムをどう変えるのかのプロセスは紹介していない。

その意図はあくまで、全体性を大切にした新しい「生命」の捉え方を示すこと。

これまでと異なった世界観・パラダイムを提案すること。そして、その意義を示すこと。

 

でも、この記事を書くために改めてドネラ・メドウズの論文を読んで気がついた。

新しい世界観の考察と提案は、それだけで世界を変えるパワーを持つということ。

 

そして、カプラとルイジのやっていることは、地球上のいのちが今後も末永く繁栄していく社会を実現するに当たって、とても理にかなっているということに。

 

2.「科学ってなんだべ?」へ続く

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