世の中をより平等にしたい!

ちょっとHappierな世界を創るためのヒントとインスピレーションを探して、さまざまな分野で活躍する人たちに話を聞くシリーズ。

 

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2018年8月14日 

お盆休みど真ん中。スコールのような雨が、まだ止むか止まないかの夕方。二回目のインタビューに応じてくれたのは、先日タンザニアでのインターンシップから戻った我が友人、伊地知健さん。

 

一回目のインタビューでは、ちょうど3ヶ月の活動期間が半分過ぎた頃。タンザニアでのインターンシップを選んだ経緯から、具体的活動内容、そこでの学びと発見について伺いました。(その時の記事は、こちら

二回目の今回は、国際開発という分野を選んだそもそものモチベーション、さらにそのモチベーションがどこから生まれているのかを深く掘り下げていきました。

「モチベーションならまだわかるけど、そのモチベーションの源なんて知ってどうするの?」「行動して、成果を出すのが大切なのでは。」

と思われる方も多いでしょう。ごもっともです。

 

わたしもインタビューの最中は一瞬、「このインタビューはどこへ行くのだ? こんなこと、ホジホジしてどうすんだ?」と揺らいだ瞬間がありました。

 

世界を変えるレバレッジはどこ?

 

でも世界を変える大きなレバレッジは、その辺にあるのです。

 

「成長の限界」の主筆者でシステムアナリストのドネラ・メドウズは、論文「Leverage Points: places to intervene in a system」でシステムに変化をもたらすための介入点を12あげています。

 

もちろんシステムというのは複雑で変化を続けるものですから、これが絶対という解はなく、リストも暫定的なもの。

 

とはいえ、とても説得力のあるモデルであることに変わりはなく、Happier Businessでは社会や組織に変革をもたらすための重要なモデルと位置づけています。そして、その中でも最もレバレッジの高い介入点二つに、焦点をあて活動しています。

 

それが、「システムの土台となるマインドセットあるいはパラダイム」と「パラダイムを超える力」の二点。

 

ここでいうシステムとは、「機能とか目的と分類される、特徴的な振る舞いを生み出すパターンや構造として、一貫性を持って組織され相互につながっている要素または部分の集合体」(p.188, Meadows, D.H., “Thinking in Systems: a primer” Chelsea Green Publishing 2008.より)

 

細胞、植物、動物、人、会社、経済システム、生態系、地球などは、すべてシステムと言えます。

 

 

人は、システムを変えるための介入点を直観的にわかっていることが多いようですが、その複雑さゆえ介入する方向をつい間違えるようです。

 

そのわかりやすい例として、システムダイナミクスの生みの親で、MITの教授だったジェイ・フォレスターのエピソードが、上記論文で紹介されています。世界を取り巻く諸問題がどのように関連し、それらをどう解決すれば良いのかについて、ローマクラブから依頼を受け、コンピュータでシミュレーションを行ったのです。

 

この研究は、データや変数をアップデートし適宜継続されていますが、導き出される結論は一貫したものとなっています。(システム・ダイナミックス日本学会発行「システム・ダイナミックスの歴史」より)

 

つまり、世界の諸問題を解決するのに最も効果的な介入点が明確に存在し、それは人口や経済などの「成長」だというのです。もちろん世界の指導者たちは、世界の諸問題を解決するべく、経済成長を課題として全力で働きかけています。

 

ただそうした課題の解決に必要なのは、成長の「拡大」ではなかったのです。必要なのは今よりももっとずっと緩やかな成長、場合によってはゼロかマイナスの成長。働きかける方向が、反対だったのです。

 

もちろんこれは世界全体での話。

 

基本的なインフラの整っていない途上国などでは、いわゆる「成長」がある程度必要でしょう。一方で、基本的な生活の質が担保された先進工業国では、資源の消費をもっともっとも〜っと減らしつつ、価値の循環をして行くことがますます必要となって行くでしょう。

 

話がだいぶ横道に逸れました。話を元に戻すと・・・

 

ここで言うマインドセットあるいはパラダイムとは、人がもつ価値観や無意識の前提というフィルターを通した世界についての見方、いわゆる世界観をさします。(世界あるいはシステムについての)メンタルモデルとも言われます。それは、実際の世界を強く反映したものですが、実際の世界そのものはより複雑でより多様です。

 

そうそう…

 

パラダイムといえば、今から250年ほど前にガリレオやニュートンそしてデカルトらによって提唱され、科学やテクノロジーの進化を牽引してきた機械論・要素還元主義的パラダイム。その有効性ゆえに、物事を要素に分解して分析し定量化し測定することが、科学的客観的アプローチとして当たり前になっています。

 

ただ、パラダイムは徐々に機械論的なものから、全体的有機的世界観へと変化してきています。コンピュータの進化や、複雑系理論や量子力学といった非線形科学の進化発展により、物事の全体性や、味や匂いといった質など、これまで扱えなかったことが、科学で取り扱える様になったためです。(この辺りの詳細は、こちら

 

パラダイムを超えて、人生の目的を果たす

 

で、「パラダイムを超える力」とは、こういうことです。

 

世界あるいは自分が現実と思って見ているものはあくまで人々が頭の中で構築しているもので、絶対的な現実ではない、あくまでも一つのパラダイムだ、と認識する力のこと。そうすれば、人生の目的(Life Purpose)を実現するのにより役立つパラダイムを、自由に選んで利用することができます。ドナ・メドウズは、これが世界を変えるために最もレバレッジの大きい介入点だと言います。

 

ちょっと長くなりましたが、まとめるとこういうことです。下の図は、システム思考のツールで、氷山モデルと呼ばれているものです。前述の12の介入点も、おおよそこの階層になっています。

 

 

水面の下に行くほど認識されにくく介入は難しいものの、システムに変化をもたらす効果は大きくなります。

反対に、表面に行くほど介入は簡単となりますが、システムに変化をもたらす効果は小さくなります。

 

ただし、これは重要度を表しているものではありません。どこにどう介入するのかは目的によって変わります。

 

例えば、生活習慣病を患う患者さんがいるとして、根本的に病気を治すのに生活習慣や態度を改善しつつ、苦しい症状に対しては適切に対処する必要がある様なものです。

 

「人と生活習慣病」から「世界とその諸課題」にシステムを移してみましょう。

 

貧困問題、難民、森林破壊などには、現場で対処し解決する必要があります。同時に、そうした諸課題を根本的に解決するには、全体として経済や資源消費の拡大を抑えて行く必要があります。

 

Happier Businessでは、そのための最適化戦略を立てる効果的な方法も提供していますが、その話も長いのでまたいずれ。

 

彼は、なぜ国際開発を目指すのか?

 

さてさて、前置きが長くなりましたが。ここからが本題。お盆ど真ん中の雨上がりの夕方に戻ります。

 

タンザニアでの活動の後半では、インハウスのエンジニア達と連携しながらシステム開発のためのデザインという未知の職務を主に担当し、新たなスキルと知見を得たのが収穫と語ってくれました。

 

またWASSHAとWFP(世界食糧計画)が進める協働プロジェクトについても、話してくれました。

WFPは、VICOBA(ビレッジコミュニティバンクの略)の導入支援を行なっています。これは、グラミン銀行のシステムを踏襲したマイクロファイナンスのサービス。これを、地域のキオスクを活用したWASSHAの電力量り売りのプラットフォームと組み合わせて展開するというのが、そのプロジェクトです。

 

図にするとこんな感じの仕組み。

まずWASSHAが村のVICOBA(図ではキオスク)に太陽光パネルとソーラーランタンを貸し出します。VICOBAは、灯と電気を必要とする人にソーラーランタンと充電池をレンタルします。利用者の支払うレンタル料の一部が、VICOBAの共同貯金箱に貯められます。そこから希望するコミュニティのグループに少額融資を行います。そしてグループから返済されるお金がまたVICOBAに戻されます。そして、それがまた融資される…

 

 

 

VICOBAで融資を受けるグループは、ビジネスに必要なスキルやマインドセットなどの訓練も適宜受けられます。

 

どうでしょう、隙がほぼ見当たらないこの仕組み。なんだかワクワクします。

 

とはいえ実際には、効果的な仕組みが核にありつつ、現地の風土や文化との相性、プロジェクトに関わる人たちの情熱や覚悟、支援される側がオーナシップを持てるかなど、様々な要素が噛み合ってこそ、成果が生まれて来るという、現地にいたからこその視点も語ってくれました。

 

現地といえば、「実際にアフリカという世界でも最も貧しい地域に赴いて活動しての大きな気づきの一つは、ビジネスが貧困を解決して行くうえでとても有効な手段だと肌で感じられたこと」とも。

 

頭でわかっていることと、肌で理解することは、似て非なるもの。言語化できる以上に多くのものを学んだのだろうなと感じました。

 

さて、そんな彼はなぜ国際開発を目指すのでしょうか。

 

世の中をより平等にしたい!

 

「たぶん自分が生きているうちには、実現できないだろうけど…」と言いながら出てきた言葉。

 

平等といっても「結果」の平等ではなく、「夢や情熱を持った人がそれを実現するために必要な教育や資源にアクセスできる様な世界」だと言います。

 

「世界の人々にくまなく必要な教育や資源が届く様にするのは、どんなに素晴らしい仕組みがあっても不可能だと思う」と前置きしつつも、「自分の様に教育や資源にアクセスのある恵まれた人とそうでない人たちがいるのは、不公平」と語ります。

 

その言葉にいたく共感しつつも、自分自身が持続可能な社会を創るための活動の中でしばしば受け取る疑問をぶつけてみました。

 

不公平ではいけないのか?

 

 

「不公平ではいけないのか?仕方ないのでは?」

 

彼の口から出てきたのは、「もしかしたら自分が、そういう(そうしたアクセスのない)立場に生まれてきたかもしれないし、自分はこれまで教育を含め海外生活などとても恵まれた環境で生まれ育って今がある。だから世界の役に立ちたい」という言葉。

ある意味自己満足ではあるけれど、自分のためだけではなく、広く人のために自分を活かしたいということでした。

 

そして、「それをやらないと、なんで生まれてきたのかが分からない」とも。

 

それをやらないと、なんで生まれてきたのかが分からない

 

まさにLife Purpose(人生の目的)。「宇宙」と繋がっちゃっている感じです。

突然スピリチュアルになったとかではありません。結構、真面目な話です。

 

前述のドネラ・メドウズの論文に出てくるのです。人生の目的が分からなければ、宇宙の声を聞き、その意志に従えばいいと。なぜなら宇宙の方が、(ちっぽけな人間より)よっぽど情報を多く持っているから。(Ibid. p.19)

 

「推論上、宇宙というのは最大のシステム。だから宇宙からはじめれば、戦略上、決定的な変数を見逃すことはなくなるはずだ。」と20世紀最高の知性の一人でシステム論に造詣の深いバックミンスター・フラーも述べています。(p.60-61、バックミンスター・フラー、「宇宙船地球号操縦マニュアル」第5章「一般システム理論」より)

 

とはいえ、宇宙の意志ってなんでしょう? 

どうすれば、宇宙の声を聞くことができるのでしょう?

 

昨今、宇宙の構造がホログラムであるという説が有力となり、それを支持する証拠も見つかりつつあります。そしてホログラムでは、どんなに全体を細分化しても、全体が部分にあらわれます。

 

全体性を研究していた量子力学者のアンリ・ボロトフトは、全体は部分に現れ、部分を深く観察することを通じて、全体を知ることができると述べています。(p.157-159, Scharmer. O., “Theory U: Leading from the Future as It Emerges” Berret-Koehler Publishers Inc., 2009

 

つまり、宇宙全体は、宇宙の構成要素の一部である自分の中を深く探ることで見えてくる。自分の中に耳をすますことで、宇宙の声は聞こえると言えます。

 

現代物理学ではいまや定説ですが、この宇宙は、物質ではなく、時に波や粒子として振る舞う、振動する膜のようなエネルギーでできています。私たち人間も例外ではありません。

 

人間に聞こえる特定の振動数(可聴域)のエネルギーを音と呼ぶのであれば、宇宙の声は実際に聞こえているかもしれません。

 

たとえ宇宙の「声」が、人間の可聴域から外れていても、なんらかの形で感じることは十分あり得るでしょう。

 

「宇宙の意志」

 

では、自分の中で見つけたもの、聞こえたものの何が「宇宙の意志」なのでしょう?どうすれば、それが「宇宙の意志」だとわかるのでしょう?

 

Happier Businessでは、「宇宙の意志」とは、自分の奥底から湧いて来て自分を突き動かすものとして現れるのではないかと考えています。人間の基本的欲求とも言える根源的な衝動として。

 

人間の基本的欲求といえば、もう一つのノーベル平和賞として知られるライト・ライブリフッド賞を受賞した、チリの経済学者マックス・ニーフが思い出されます。

 

カリフォルニア大学バークレー校で経済学を教え、複数の大学で教鞭をとったのち、国連食糧農業機関(FAO)や国際労働機関(ILO)で中南米の貧困地域で開発に従事したマックス・ニーフ。

 

その経験をもとに、Human Scale Development(人の身の丈の開発といった意味)という論文を1987年に発表。その中で、トップダウンで中央集権的な開発モデルに代わる開発モデルを提唱しました。

 

それは、当事者の当事者による当事者のための開発を目指したもの。

 

基本的な人間のニーズ、自立の強化、バランスの取れた人と環境の相互依存関係を三つの軸とし、地域の組織化と民主的な意思決定のためのプラットフォームを人々に提供し、人々が自分たちのニーズを確実に満たすことができるように計画プロセスに参加できるようにします。そして、基本的なニーズは、このオルタナティブな開発モデルの土台となるものです。(ウィキペディア“Fundamental Human Needs”より) 

 

人間の基本的な欲求は、いくつかの普遍的な種類に分類することが出来、欲求の満たし方(satisfier)は時代や文化により変化するものの、欲求そのものは変化しないとされます。

 

また、欲求は段階的な階層構造ではなく、相互に補い合う一つのシステムと捉えるべきで、優先順位は時と状況で変化するとされます。

 

よく知られるマズローの「人間の欲求5段階説」を改めて科学的に検証した最近の論文でも、人類共通の欲求があることが確認されています。(Tay, Louis; Diener, Ed (2011). “Needs and Subjective Well-Being Around the World” (PDF). Journal of Personality and Social Psychology101 (2): 354–365)

 

そして人間の基本的欲求は、マズローが提唱したようなピラミッド型の階層構造ではなく、マックス・ニーフが指摘したように、全てが人の幸福感と満足感(happiness and well-being)にとって大切であり、優先度は時と状況で変化すると結論されています。

 

例えば、伊地知さんは、「世の中をより平等にしたい!」、「それをやらないと、なんで生まれてきたのかが分からない」という思いに動かされています。そして、その根底には、普遍の基本的欲求が隠れていると考えられます。

 

自分の思いを国際開発というフィールドで目指すという具体的な選択は、幼少期の海外生活、その後の経験、自身の性格や価値観、嗜好、本人の能力などが影響し合い、自然と生まれたものでしょう。

 

基本的欲求を満たそうと意識して、選択したわけでもないでしょう。とはいえ、「参加」「アイデンティティー」「自由」「理解」「創造」「超越」など、基本的欲求を結果的に満たすものです。

 

 

つまり、こうした欲求は全体の一部として、各個人の中にもともと存在するもの。基本的欲求として分類され、名前がつけられると、認識はしやすくなりますが、まるでモノのように個別に自分の中に存在する、とうっかり錯覚しそうです。

 

でも実際は、自分の中の渇きのように、何かを求める衝動、胸が締めつけられたり、胃のあたりが少しだけキュッとなったりするような、それぞれの境界も曖昧な、自分の中の感覚として存在するのだと思います。

 

欲求は、様々な形で現れるでしょう。

 

強い思い、気がつけばいつも考えているようなこと、知らずと夢中で取り組んでいること、などとして現れるのかもしれません。もちろん、思いの強弱は、あるでしょうし、自分の思いや欲求を特に意識することなく行動していく人もいるでしょう。

 

でも改めて自分の欲求に目を向ける時には、やり方はどうあれ、自分の中を探すのではないのでしょうか? 自分を振り返ったり、心を動かした出来事を分析したり、体の反応を感じたりして、自分の中を深く探るのではないでしょうか?

 

そうすることで、基本的な欲求に気がつく、そしてそれこそがドネラ・メドウズのいう「宇宙の声」を聞くことなのではないでしょうか。

 

自分の中に見つけた根源的欲求にまっすぐに生きていくことは、人知を超えた宇宙の意志にそって行動し、生きることになるのではないでしょうか?

 

願わくは、自分の無意識の前提、思い込み、価値観、世界観を自覚し、それに捉われず、必要に応じてパラダイムをアップデートしながら、人生の目的を達成せんことを。

 

そうすれば、きっと世界はHappierになっていく。

 

フォースと共にあらんことを…

May the force be with you…

 

世の中をより平等にしたい!

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